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精神病院

精神病院 我々はよく、いろんな施設に慰問にまいりますが、この間、仲間で一杯やりながら、話 をしまして、どんな施設が一番やりやすいか、なんてんで、その結果答えが出ましたのが、 精神病院と言う、これは、やりやすいですね、やってるやつと聞いてるやつとが、大して レベルが違いませんから、これはやりやすいですが、ただ、最初話が来ました時は、はっ きり言って不安でしたね、そう言う人たちの前で、落語をやっても笑ってくれるのかと、 ところがこれは、案ずるより生むがやすしで、ちゃんと面白いところでは、笑ってくれま して、ただ、面白くないところでも、笑ってる人がおりまして、これはちょっとやりにく かったですけれども、で、終わりましてから、院長先生にいろいろ施設の中を見学させて もらいまして、もちろん、人に危害を加える様な、重症な方の方へは、近付けませんでし たが、比較的程度の軽い方ですね、そう言う方は、二人病棟、三人病棟と申しまして、ひ とつの部屋に、二人あるいは三人で暮らしておりまして、その二人病棟の方を見せてもら ったんですけれども、ある病室の前まで参りますと、一人の患者さんが、こんな格好(右 手を懐に入れる)をして立っておりまして、私が不思議に思いまして。
私「あのぉ、院長先生、あの患者さんは、何をやっているんですか。」 って聞くと。
院長先生「ああ、あの患者さんは、自分で自分の事をナポレオンだと、思い込んでるんで すね、面白いですから、そばへ行って、あなたは誰ですかって聞いてごらんなさい、いいえ、別に危害は加えませんから。」
なんてんで、私がそばへ行って。
私「あの、あなたはどなたですか。」
っと聞くと、その患者さんが。
患者壱「私はナポレオンです。」
と答えるんですね、ま、日本語しゃべるナポレオンてのも珍しいですけれども。
私「へぇ、あなたナポレオン、誰がそんな事決めたんですか。」
患者壱「神様が、決めたのです。」
すると部屋にいたもう一人の患者さんが。
患者弐「俺は、まだそんな事は決めてない。」
ってましたけど、で、これは聞いた話なんでございますけど、ああ言うところでは、外 泊許可ってのがあるんだそうでございまして、今度の週末は、自分のうちへ帰って泊まっ てきていいよ、と言う、ところが、その許可が出るのは、やはり、ある程度、回復してい ないといけませんで、ところが、患者さんは、この外泊許可がほしいもんで、院長先生の ところへくるんだそうでございまして。
院長先生「はい、なんですか、ああ、あなたは、今度の休みに、うちへ帰りたい、それじ ゃね、私の質問に答えてくださいね、いいですか、これはなんですか(目を指さす)。」
患者参「鼻です。」
院長先生「これは(鼻を指差す)。」
患者参「口です。」
院長先生「これは(口を指差す)。」
患者参「目です。」
なんてんで。
院長先生「ああ、あなたはもうしばらく入っていた方がいいなぁ。」
なんてんで、なかなか外泊許可は降りないんだそうでございまして。
院長先生「はい、なんですか、ああ、あなたも、今度の休みに、うちへ帰りたい、それじ ゃね、私の質問に答えてくださいね、いいですか、これはなんですか(目を指さす)。」
患者四「目です。」
院長先生「これは(鼻を指差す)。」
患者参「鼻です。」
院長先生「これは(口を指差す)。」
患者参「口です。」
なんてんで。
院長先生「ああ、あなたは今度の休みには、うちへ帰ってもいいでしょう。」
なんてんで、外泊許可が降りますと、その患者さんを他の患者さんが取り囲んで、大騒 ぎでございまして。
患者参「いいなぁ、お前、俺達みんな外泊許可降りなかったのに、どうしてお前だけ、許 可が出たんだ。」
患者四「それはそこ、俺はお前達とは、ここが違うんだ(尻を指差す)。」
って、結局治ってなかったりしますけれども、で、その後、食事をご馳走になりまして、 テーブルの上には、ハンバーガーですとか、ドーナッツですとか、餃子ですとか、並んで おりまして、じゃいただきますなんてんで、そのハンバーガーを取りますと、そのハンバ ーガーから、妙に縮れた毛が、一本、にょろにょろっと出ておりまして、非常にいやな気 がいたしまして。
私「あの院長先生、このハンバーガー、どこでお求めになったんですか。」
ってぇと。
院長先生「あ、そのハンバーガーは、うちの院に入院している患者さんが、自力更生のた めに、自分達で作ったんです。」
私「はぁー、このハンバーガー、患者さん達がお作りになった、どうやって作ったか、見 てみたいですね。」
院長先生「はあ、そうですか、では、こちらへいらっしゃい。」
なんてんで、厨房の方へ連れて行っていただきまして、そうすると、ああ言う所では、 ハンバーガー一つ作るのでも、三人一組になって、作るんですね、まず、一人目の患者さ んが、パンに包丁を入れまして、パンを二つに切りまして、で、それを次の人に渡すんで すね、と、それをもらった人が、パンの中に、ハンバーグですとか、レタスですとか、挟 みまして、で、それを次の人に渡すんです、と、それを渡された人が、そのハンバーガー を、自分の脇の下へ挟みまして、ギューっと、押しつけて、形を付けているんですね。
私「ちょっと、よしなさいよ、そんな事して、そんな事したら、そのハンバーカー、食べら れなくなっちゃうじゃあないですか。」
ってぇと。
患者五「いいや、こんな事で、驚いていちゃあ、うちのお兄ちゃんの作ったドーナッツは 食べられません。」
ってましたけど、…ここで、お笑いになった方は、かなり、想像力の豊かな方でござい まして、私は、どう言う意味か分かりませんでしたよ。
私「じゃあ、あなたのお兄さんは、どうやって、ドーナッツ作るんですか、見せて下さい よ。」
ってぇと。
患者五「そうですか、じゃあ、こちらへいらっしゃい。」
なんてんで、そのお兄さんの所へ連れていってもらいまして、そうすると、そのお兄さ んってのは、こうドーナッツを作る、あのメリケン粉ですか、うどん粉ですか、よく知り ませんけれども、粉をこう練りまして、まあるい形のを、たくさん作っておきまして、で、 そのお兄さんってのは、ドーナッツ作る時に、パンツをはいていないんですね、もちろん、 ズボンもはいておりませんで、で、女性の方は分からないでしょうけれども、男性の方で、 ある一種の状態にしておきまして、さっき作ったまぁるい塊を、自分の、股関節あたりへ 持って行きますと、スポン、スポン、なんてんで、ドーナッツに穴開けてるんですね。
私「ちょっと、よしなさいよ、あなた、そんなきたないドーナッツ、食べる人がいるんで すか。」
ってぇと。
患者六「こんな事で驚いてちゃあ、うちのおばあちゃんが作った餃子は食べられません。」
ってましたけど、どう言う意味かは、皆さん、うちへ帰ってから、じっくり考えていた だきたいと思いますが、で、これも聞いた話なんですが、精神病院ってのは、病院の中に 病院があるんだそうでございまして、病院の中に病院があるってぇと、おかしいですが、 これは、精神病院ってのは、頭の構造が、少しおかしくなってしまった人が入る訳ですが、 入院しているうちに、体の方までおかしくなってしまう人もおりまして、ところが、そう いう人を、普通の病院に入院させると、他の患者さんに、危害を加える恐れがありますの で、精神病院の中の病院に入院させまして、頭と体と、両方一緒に直していくんだそうで ございまして、その病院に入院している患者さんがいる、ってのを聞きまして、せっかく 慰問に行ったのに、入院していて、落語を聞けなかった方がいるってんで、みんなで相談 しまして、じゃ、せめてお見舞いにでも行こう、なんてんで、みんなでお金を出し合いま して、花束を買いまして、で、その病院の中の病院へまいりますと、ちょうど一人の患者 さんが、なんてんですか、この、酸素ボンベってんですか、酸素マスクってんですか、こ うくだの付いた、あれを付けてすやすやお休みになっている、じゃ、あの患者さんの所へ 行こう、なんてんで、私が花束を持って、その患者さんの、ベットの脇まで参りますと、 今まで、すやすや、お休みになっていた患者さんが、突然、目を開きまして、ううーん、 と、苦しみだしたんですね、あれ、どうしたんだろう、と思いますと、枕元に、紙と鉛筆 がありまして、それを取りますと、さらさらさらっと、何か書いたんですけれども、書き 終わると同時に、力尽きたと見えまして、ガクッと、お亡くなりになったんですね。 私「ああら、お気の毒に、ついさっきまでは、なんともなかったのに、急にお亡くなりに  なるなんて、そういえば、お亡くなりになる前に、紙になんか書いていたけど、あの紙 には、なんて書いてあるんだろう。」
私が急いで、その紙を取って見ますと、『お願いです、酸素ボンベのくだを踏まないで 下さい。』、ってんで、まあ、その方は、そのまま、荼毘にふされてしまいまして、で、 そこで、院長先生に、最新式の省エネの霊柩者ってのを、見せてもらいまして、で、見た 所、別に普通の霊柩者と変わりがないんで。
私「先生、これが最新式の省エネの霊柩者。」
院長先生「そうです、これが最新式の省エネの霊柩者です。」
私「見た所、普通の霊柩者と変わらないんですけど、ごとが最新式なんですか。」
ってぇと。
院長先生「ええ、ガソリンを使わずに、仏様、燃やしながら、そのエネルギーで走るんで す。」

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