江戸小噺集



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殿様

昔のお殿様ってのは、世間知らずでございまして、一合飯を炊く時、ちょうど片手のく るぶしぐらいまで、水を浸せばいいなんてのを聞きまして、大名どうしの集まりの時。
殿様壱「おのおのがたは、一合飯を炊く時、どのくらい水を浸せばよろしいかご存じか。」
殿様弐「いいや、存ぜぬ。」
殿様壱「一合の飯を炊く時は、ちょうど片手のくるぶしぐらいまで、水を浸せばよいのじゃ。」
殿様弐「貴公は、いろいろな事を知ってござる、では、二合の飯を炊く時は。」
殿様壱「う、いいや、両手を入れる。」
殿様弐「では、三合では。」
殿様壱「ううん、片足も入れる。」
なんてんで、これもある殿様、お駕籠でご登城の折、町人が『近ごろは、暮らしやすくなったなぁ、米が両で五斗五升だってよ。』なんてのを聞きまして、また、大名どうしの集まりの時。
殿様参「のう、おのおのがた、近ごろは、庶民の暮らしもだいぶ、楽になってまいったようでござるな、米が両で五斗五升じゃ。」
殿様四「貴公は、いろいろな事を知ってござる、して、両とは。」
殿様参「されば、千両。」
なんてんで。
殿様五「これ、三太夫、今宵は十五夜であるな。」
三太夫「御意にございます。」
殿様五「して、お月様は出たか。」
三太夫「これは、異な事をおおせれらます、お月様、などと言うのは、女子供の言、殿はたいじんなれば、月はただ月と、おおせられますように。」
殿様五「左様か、では、月は出たか。」
三太夫「いってんの曇りも無く、さえ渡ってございます。」
殿様五「うん、して、星めらは、いかがいたした。」
って、そこまで、悪く言わなくてもいいんですけれど、これも、ある殿様、お食事のお かずに鯛がでまして、普段でしたら、一口か二口しか箸を付けないんですが、その日に限 りまして、片面きれいにぺろりと平らげまして。
殿様六「替わりを持て。」
なんてんで、普段あんまり食べないんで、替わりなんぞ用意がございません、頭の切れ るお付きの者が。
お付き「殿、お庭をご覧下さい、桜の花が満開でございます。」
なんてんで、殿様が庭を見たすきに、この鯛をひっくり返しまして。
殿様六「桜も良いが、鯛はどうした、おお、もう用意ができたか。」
なんてんで、残りの片面もぺろりと平らげまして、また。
殿様六「替わりを持て。」
なんてんで、これには、お付きの者も困った、また、ひっくり返せば、さっき食べた方がでてしまいまして、もじもじしておりますと。
殿様六「ううん、いかがいたした、また、桜を見ようか。」


猫の名前

男壱「猫をもらって来たんだがな、なんか名前を付けてやりてぇと思うだが、なんか、強 そうな名前はねぇかな。」
男弐「そうだな、猫族の中で一番強いのは、なんたって虎だからな、虎、ってのはどうだ い。」
男壱「じゃあ、この猫の名前、虎か。」
男参「いや、虎よりは竜の方が強いな、昔から竜虎の争いと言って、虎より竜の方が上だ からな。」
男壱「じゃあ、この猫、竜か。」
男四「いや、竜より雲の方が強いな、竜は雲をつかんで空へ登るってえから、雲がなけれ ば竜は空へ登れねぇからな。」
男壱「じゃあ、この猫、雲か。」
男五「いや、雲より風の方が強いな、吹き飛ばしちゃうもの。」
男壱「じゃあ、この猫、風か。」
男六「風より壁の方が強いな、防いじゃうもの。」
男壱「じゃあ、この猫、壁か。」
男七「壁よりねずみの方が強いじゃねぇか、かじって穴空けちまうもの。」
男壱「じゃあ、この猫、ねずみか。」
男八「ねずみより猫の方が強いじゃねぇか、捕まえて食べちゃうもの。」
男壱「じゃあ、この猫、猫だ。」


馬鹿の問答

与太郎「あんちゃん、なぞなぞやろうか、で、勝った方が十銭取れるの。」
あんちゃん「ああ、かまわねぇよ。」
与太郎「じゃ、行くよ、あのね、四つ脚でもって、ひげがあって、耳があって、チューチューって鳴くものなーんだ。」
あんちゃん「おい、そんなんで本当にいいのか、十銭取っちまうぞ、いいんだな、そいつはネズミだ。」
与太郎「へー、良く分かったねぇ、じゃ十銭、もう一度やろう、今度もね、四つ脚でもって、ひげがあって、耳があって、ワンワンって鳴くものなーんだ。」
あんちゃん「おい、そんなんで本当にいいのか、また十銭取っちまうぞ、いいんだな、そいつは犬だ。」
与太郎「へー、良く分かったねぇ、じゃ今度は、一円にしよう。」
あんちゃん「値段あげやがったな、今度はなんだ。」
与太郎「今度はね、水の中にあって、長いのも短いのもいて、掴もうとしても、ヌルヌルしていて掴めないものなーんだ。」
あんちゃん「それは、なんて鳴くんだい。」
与太郎「これは鳴かない。」
あんちゃん「ちしょうめ、馬鹿だ馬鹿だと思ってたら、まんまといっぱいはめられちゃったよ、ええ、うなぎって言えばドジョウ、ドジョウって言えばうなぎって言うつもりだな。」
与太郎「へへへ、それなら、両方言ってもいいよ。」
あんちゃん「おお、そうかい、それじゃ、うなぎにドジョウだ。」
与太郎「ううん、あなごだよ。」
与太郎「じゃ今度は、五円にしよう。」
あんちゃん「だんだん値段あげやがって、今度はなんだい。」
与太郎「今度はね、水の中にあって、長いのも短いのもいて、掴もうとしても、ヌルヌルしていて掴めないものなーんだ。」
あんちゃん「さっきと同じじゃあねぇか、そいつは、うなぎにドジョウにあなごだ。」
与太郎「ううん、ずいきの腐ったの。」


百番番頭

昔、日本橋の大家の呉服屋に泥棒が入りまして、一番番頭を縛って、二番番頭を縛って、 三番番頭を縛って、四番番頭を縛って、五番番頭を縛って、六番、七番、八番、九番、十 番番頭を縛って、二十番番頭を縛って、三十番番頭を縛って、四十番番頭を縛って、五十 番番頭を縛って、六十番、七十番、八十番、九十番、百番番頭まで縛って、さあ、仕事に かかろうとしたら、がらりっと夜が明けまして、今度はてめぇが縛られた。


苗屋

昔は、苗屋と言って、いろいろな植物の苗を売りに来たんだそうです。
苗屋「かぼちゃのぉーなーぃー、きゅうりのぉーなーぃー。」
町人「苗屋さん、朝顔の苗あります。」
苗屋「今日はーもってーこなぃー。」


付け焼き刃

 付け焼き刃は、剥げやすいとか申しまして。
若い衆「権助さーん、おはよう。」
権助「あ、おはようごぜぇます。」
若い衆「今日は馬鹿に寒いなぁ。」
権助「おらがのせいではねぇだ。」
旦那「権助、権助、お前、なんだ今のあいさつは、町内の方が、今日は馬鹿に寒いなぁと言ったら、おらがのせいではねぇだって、そんな挨拶をしていちゃ商売の切っ先がまなっていけない、そういう時は、ああ、お寒うございます、この分じゃ山は雪でしょう、ぐらいの事を言いなさい。」
権助「ああ、そうかね、じゃ、おらあしたからは、そう言うべぇ。」
 なんてんで、その次の日になりますと。
若い衆「権助さーん、おはよう。」
権助「あ、おはようごぜぇます。」
若い衆「今日は馬鹿に寒いなぁ。」
権助「あーあ、寒いだなぁ、この分じゃ山は雪だんべ。」
若い衆「おおい、聞いたかよ、権助さん、ちゃんと挨拶が出来たよ。」
 なんてんで、こうなると当人も嬉しいと見えまして、毎朝、雪だんべー、雪だんべー、 とやっておりましたが、そうそう、寒い日ばかりは続きませんで、ある時、大変に暖かい日がございまして。
若い衆「権助さーん、おはよう。」
権助「あ、おはようごぜぇます。」
若い衆「今日は馬鹿に暖ったかいなぁ。」
権助「あーあ、暖ったかいだなぁ、この分じゃぁ、はぁー、山は火事だんべ。」


富士山

昔は、富士の山へ登るなんてのは、けっこう大変だったんだそうでございます。
男壱「富士の山へ行ってきました。」
男弐「偉いですなぁ、お山はご無事でしたか。」
男壱「見晴らしがよかったですよ。」
男弐「じゃ、あたしのうちの二階の物干しに、浴衣が干してあるの、見えましたか。」
男壱「いや、駿河の山のてっぺんから、江戸の神田の物干しは、見えませんでしたねぇ。」
男弐「いや、不思議な事があるもんですねぇ、うちの物干しからは、富士の山はよく見えるんですけれども。」

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