江戸小噺集



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無精会

何をするのも面倒くせぇなんてぇ、無精な人がおりまして。
男壱「おお、なんだい、これは、無精なやつらが大勢揃ったねぇ、どうだい、これだけ、無精者が揃ったんだから、誰が一番無精かを決める、無精会ってぇのをやってみようじゃあねぇか。」
男弐「よせよぉ、めんどくせぇ。」


木火土金水

八五郎「ねぇ、隠居、世の中のものは、すべて木火土金水(もくかどこんすい)から割り出されている、てぇ事を聞いたんですけど、本当ですか。」
隠居「ああ、そう言う事を言うな。」
八五郎「じゃ、泥棒なんてぇのも、木火土金水から割り出されているんですか。」
隠居「ああ、そうだとも、まず、どろ・ぼう、と言うくらいだから、土と木に縁がある。」
八五郎「はあはあ。」
隠居「泥棒は白波とも言うだろ、波と言うくらいだから、水にも縁がある、それにひるトンビとも言うから、火にも縁があるな。」
八五郎「最後のひ・るトンビ、ってぇのは苦しいけど、ちゃんと木火土金水から割り出さ れてるんですねぇ、泥棒で土と木、白波で水、ひるトンビで火と、ね、あれ、隠居、 これじゃあ、木・火・土・水ですよ、ひとつ足りませんよ、金(きん)がありませ んよ、金(きん)、金(かね)はどこへいっちまったんですか。」
隠居「なぁに、金(かね)が無いから、泥棒をするのだ。」


夕立屋

男「暑いねぇ、こういう暑い日には、一雨ざーっと来てくれるとありがたいんだけど。」
夕立屋「えー夕立や夕立、えー夕立や夕立。」
男「なんだい、あの夕立屋ってのは、雨を降らそうってのかな、面白い、呼んでみよう、 おおーい、夕立屋。」
夕立屋「へい、毎度ありがとうございます。」
男「お前さん、夕立屋ってぇくらいだから、雨を降らせるのかい。」
夕立屋「へぇ、さようでございます。」
男「へぇ、で、いくらなんだい。」
夕立屋「へぇ、これはもうほんのおこころざし程度で結構でございます。」
男「そうかい、じゃさっそく、三百文ほど降らしてもらおうか。」
夕立屋「へ、かしこまりました。」
なんてんで、男はしばらく呪文を唱えておりましたが、やがて雨がざーっと降ってまい りまして。
男「おや、おかげて涼しくなったよ、だけど、こうして雨を自由に降らせたり、止ませた りできるなんて、お前さん、ただの人間じゃないね。」
夕立屋「はい、実はわたくしは、空の上に住んでおります、龍(たつ)、でございます。」
男「なるほど、道理で不思議な術を知ってなさる、だけどねお前さん、夏暑い時は、こう してお前さんが、雨を降らしていれば商売になるけど、冬、寒くなったら、商売はどう するんだい。」
夕立屋「へぇ、寒くなりましたら、倅の子龍(炬燵)をよこします。」


料理屋の泥棒

ある料理屋に泥棒が入りまして、子分をずらっと表に待たせますと、親分が店の中へ乗り込みまして、お決まりでございます、長いやつをギラリッと引っこ抜きますと、これを寝ている主のほっぺたにぴたりっと付けまして。
泥棒「おい、起きろ、金出せ。」
主「いいえ、手前どもには、大金はございませんので。」
泥棒「嘘をつくな、昼間無尽で百両取ったろう、当たりはついてるんだ、出せ。」
主「わかりました、命あっての物種でございます、最初から、無かったものとあきらめます。」
泥棒「分かりゃあいいんだ。」
なんてんで、奪った金を懐へ。
泥棒「それに、ここは料理屋だな、すこし腹が減った、何か食うものを出せ。」
主「かしこまりました、しかし、あなた様は人からお金を奪うのが商売、手前どもは人に 料理を召し上がっていただくのが商売、料理のお代は頂戴いたしとうございます。」
泥棒「なるほど、その方、なかなか商売上手よのぅ、よし、約束だ、料理の代は払おう、何か持って来い。」
主「しけでございまして、なにもございません、鯉の洗いに鯉濃でございます。」
泥棒「よし。」
なんてんで、泥棒先生、これをぺろりと平らげまして。
泥棒「うん、して、幾らだ。」
主「ありがとうございます、しめて百両でございます。」
泥棒「ひゃ、百両だと、くそぉ、さっき取った百両取り換えされちまった、よーし、俺も男だ、百両払おう。」
主「ありがとうございます、これを御縁に、どうぞご贔屓に。」
泥棒「何言ってやんでぇ、人をばかにしやがって。」
なんてんで、表へ出ると、子分が。
子分「親分、中の首尾は。」
親分「しーっ、声(鯉)が高い。」


冷や

ある男、とてもよい酒をもらいまして、じゃあ、なんてんで、お燗をしまして、さあ、飲もう、という時に目が覚めて。
男「ああ、こんなことなら、冷やで飲んどきゃよかった。」


茗荷のいわれ

昔から、茗荷を食べると物忘れをする、なんてぇ事を申しますが、これは、その昔、お 釈迦様の弟子に、半六と言う方がございまして、この方が大変に物忘れをする方だったん だそうでございまして、なにしろ、自分の名前まで忘れてしまう、これをお釈迦様が哀れ と思し召しになって、幟に大きく半六と書きまして、半六さんに背負わせたんですな、こ れなら、自分の名前を忘れても、自分で名前を背負っておりますから、後ろを振り返れば すぐに分かるてんで、やがて、この半六さんが亡くなりまして、半六さんのお墓から、草 が生えてきまして、これを半六草と呼びまして、この草を食べると、半六さんのように、 物忘れをしてしまうと言う、やがて、この半六草を、茗荷と言うようになりました、です から、茗荷、とは、名を荷なう、と書くんだそうでございます。


藪医者

よく下手な医者の事を「藪医者」と申します、これは、昔、カゼなどが流行りますと、 腕の良い医者は、お大名、侍、金持ちの商人などから引っ張りだこで、庶民のところへは なかなか来てくれません、で、ああ、いいよ、たいした病気でもなし、カゼなんだから、 町内のへっぽこ医者にでも見てもらおう、なんてんで、カゼが流行ると、声がかかって、 あっちへ行ったり、こっちへ行ったりで、カゼであっちへ行ったり、こっちへ行ったりす るんで、ヤブなんだそうでございまして、なかには、たけのこ医者なんてのもございます、 どう言うのかってぇと、まだ、ヤブになる前なんだそうで、こんな医者にかかったら、目 も当てられません、あの方もなんだねぇ、医者にかからなければ、死なずにすんだのに、 なんてんで、ひどい医者がありますもんで。 町人「すいません、先生、いますか、あの、すぐ診てもらいたいんですけど。」
医者「おお、患者か、どのようなあんばいだ。」
町人「ええ、うちの裏の竹に、花が咲いてしょうがないんですよ、竹は花が咲くと枯れる なんてぇことを言うんで、一度、専門家に診てもらおうと。」
医者「おいおい、何を血迷っているんだ、うちは医者だ、竹のことだったら、植木屋にで も診てもらうがいいだろう。」
町人「でも、こちらは藪医者、と伺いましたけど。」
なんてんで。
町人壱「おい、何を怒ってんだい。」
町人弐「なんおって、ここのへっぽこ医者の野郎だよ、ここんとこの流行病で、何を血迷 ったか先生診てもらいたい、なんてんで、呼びにきた野郎がいるんだよ、ってぇと、 あの野郎、めったに来ない患者だってんで、血相変えて飛び出しやがって、うちの 子供が遊んでいた、ええ、子供がいたら、手でどけるがいいじゃあねぇか、それを 野郎、足げにしていきやがった、ちくしょうめ、野郎、帰って来たら、顔がはれ上 がるくらい、ぶん殴ってやろうと思って。」
町人壱「なに、あの医者に蹴飛ばされた、いやぁ、そりゃよかった。」
町人弐「何言ってやがる、蹴飛ばされて、いいわけねぇじゃあねぇか。」
町人壱「いいや、よかったよ、あの医者の手にかかってごらん、今ごろは、生きちゃぁい ないよ。」
なかには、手遅れ医者なんてのがございまして、患者を見る、途端に手遅れだ、と言っ てしまうんですな、もう、手遅れと言ったんですから、患者が死んでもしかたありません し、たまさか、治ってしまえば、手遅れを治したってんで、名が上がる、とうまい事を考 えましたが、そうそううまくいくとは限りませんで。
町人「先生、ちょっと、この怪我人、診てもらいてぇんですけど。」
医者「ううん、こりゃ手遅れだ、もう少し早いと助かったんだが。」
町人「手遅れですか、でも、今二階から落ちて、すぐ、連れて来たんですよ。」
医者「う、ううん、落ちる前ならよかった。」
落ちる前から医者には来ませんけれども、中には、葛根湯(かっこんとう)医者なんて んで、どんな患者にも、この葛根湯と言う漢方薬を飲ませてお終いにしてしまうと言う。
医者「ああ、次の方、どうしました。」
患者壱「ええ、どうも頭が痛いんですけれども。」
医者「頭が痛い、ふんふん、頭が痛いのは、頭痛と言ってな、葛根湯をお上がり、ああ、 次の方、どうしました。」
患者弐「ええ、あっしは、腹が痛いんですけど。」
医者「腹が痛い、ふんふん、腹が痛いのは、腹痛と言ってな、葛根湯をお上がり、ああ、 次の方、どうしました。」
患者参「ええ、あっしは、足が痛いんですけど。」
医者「足が痛い、ふんふん、腹が痛いのは、足痛と言ってな、葛根湯をお上がり、ああ、 次の方、どうしました。」
町人「いいえ、あっしは病人じゃねぇんで、こいつが足が痛くて、一人じゃ歩けねぇんで、 いっしょに付いて来ただけなんで。」
医者「おお、そうか、付き添いか、ご苦労だな、葛根湯をお上がり。」 inserted by FC2 system