新作小噺集



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テレビ出演

私が学生時代のお話でございますが、私は学生時代、ご他聞に漏れず、落研、落語研究 会に入っておりましたが、落研に入っていますと、この、よくテレビに出ませんか、と言 う話が来るんですね、もちろん、テレビで落語を一席やらせてくれるとか、非常にいい役 がもらえると言うのではございません、俗に言うはっぱ役、エキストラと言うやつでござ いますけれども、なんで、そんなものを落研に頼むのか、大学にはちゃんと演劇部と言う のがあるんですから、演劇部に頼めばいいと思いますけれども、ところが、演劇部の連中 と言うのは、日夜演技を研究している訳です、だから、ただの通行人役でも、「いや、こ の場合の通行人の心理を考えたら、右足から出ましょうか、左足からでましょうか。」と、 こざかしい事を言いかねない、おまけに自分の演技にプライドがあるから、ちょっとやそ っとのギャラじゃ出ない、そこ行きますと、我々落研、ちいさい座布団の上へちょこなん と座りまして、身振り手振りでいろいろな事を表現する、演技力は、演劇部に比べまして も、引けを取らないだけのものは持っております、そして我々落研の最大の欠点であるの が、目立ちたがり屋である、もう、テレビに出られる言うもんなら、ギャラなんかくれな くても、よろこんで飛び付きますんで、そんな訳でね、私が学生時代に、私のところへ、 テレビに出ませんか、と言う話が来まして、私が生まれて初めて、テレビに出ましたのが、 当時流行っておりました、子連れ狼と言うやつで、こう見えましても、私、萬屋錦之助さ んと共演でございますんで、この話がきまりました時は嬉しゅうございまして、さっそく、 国のおかぁちゃんのところへ電話しまして、「もしもし、おかぁちゃんか、今度、僕、テ レビに出る事になったよ、何月何日の子連れ狼、絶対見てね。」電話までいたしまして、 ま、撮影当日、撮影所の方へまいりまして、私がやらされたのが、素浪人の役でございま して、もちろん、落研でございますので、着物は一人で着られますんで、ぱっぱっぱっと 着物を着まして、腰に刀を差しまして、カツラを、ま、専門用語でヅラと言うんですけれ ども、ヅラを付けまして、で、みなさんは、あんまりご存じないかもしれませんけれども、 ああ言うテレビに出る人と言うのは、テレビに出る前に、ドーランと言って、あの、顔に 白い粉を塗るんですな、ところが、私にだけは、そのドーランを塗らないんで、私が不思 議に思いまして、メークする人にね、ま、メークさんと言うんですが、「あのぉ、私は、 あの顔に白い粉、塗らなくていいんですか。」と聞くと、メークさんが、いとも簡単に、 「あ、あなたは塗る必要ありませんから。」と、こう言うんですね、この時、すぐ素直に、 「あ、これはおかしい、裏になにかある。」と、気がつけばよかったんでございますが、 根が自惚れの方でございますんで、「そうかなぁ、僕は、顔に粉塗らなくてもいい程、肌 がきれいかなぁ。」と、思っておりましたけれども、で、撮影現場の方へ連れていかれま して、監督さんに紹介されまして。
マネージャー「監督、これが例の役の子です。」
監督「例の、あー、死体の役ね。」
私「死体の役?。」
監督「ああ、君、そこの川ん中で、うつぶせになって、死んでて。」
なるほど、顔に粉塗らない訳だ、顔なぞ写りゃしません、背中だけですよ、でも、もう、 ここまで来たらしょうがありませんから、じゃぶじゃぶじゃぶっと川の中へ入りまして、 うつぶせになって、流されていきましたけれども、撮影所の川なんて、テレビで見ると深 く見えますけれど、実際の深さは、こんなもんですよ、そこをこう流れていくと、私とい っしょに、ヘアーピンは流れていく、サイダーの栓は流れていく、やがて監督さんの「カ ットー!」と言う声が聞こえまして、ああ、終わった、と思ったら、取り直しだ、と言う んですね、と、言うのは、こう私が川ん中流れていくと、誰が流したんだか、私といっし ょに、ダイエーのビニール袋が流れて来た、これは、江戸時代に、ダイエーなぞある訳は ございませんので、当然時代考証がなっていない、と言う事で取り直しでございまして、 また、川ん中、うーっと流れて行きますと、また、監督さんの「カットー!」と言う声が 聞こえまして、ああ、終わった、と思ったら、また取り直しだ、と言うんですね、と、言 うのは、こう私が川ん中流れていって、ちょっと、私の着ている着物の裾が乱れた、なに も、裾が乱れたぐらいで取り直しにしなくてもねぇ、だいたい、本当の死体が川ん中、流 れていけば、裾ぐらい乱れるのがあてりまえなんですけれどもねぇ、私が不満そうな顔を しておりますと、監督さんが。
監督「江戸時代の浪人が、グンゼのブリーフはいてるか。」
私「ごもっともでございますぅ。」
三回目にやっとOKが出まして、ほうほうのていで逃げ返ってまいりましたけれども、 ところが、それがテレビで放映された日、国のおかぁちゃんから、電話が掛かって来た、 「もしもし、ああお前、テレビ、今、子連れ狼、見とったよぉ、お前、いったい、どこに 出てたの。」、とても、産みの親には、話せなかった、それから、また、しばらくしまし てね、また、テレビに出ませんか、と言う話が来ましたので、その次は、さすがに断りま したね。「どうせ、また、死体の役でしょ。」と、すると、今度は、テレビに顔がアップ で写る、おまけに、せりふがある、私はこの、テレビに顔がアップで写ると言うのと、せ りふがある、この二言に惚れまして、よせばいいのに、また、撮影所へ出かけていきまし て、私が、その次に出ましたのが、やはり当時流行っておりました、仮面ライダーと言う やつでございまして、私がやらされましたのが、ショッカーの役、撮影所へ付くなり、頭 から黒覆面被されまして、なるほど、テレビへ顔がアップで写る訳だ、もう、黒覆面被っ てますんで、誰が誰だかよく分からない、で、私が出ましたのは、戦闘シーンでございま して、仮面ライダーが、こう格好をつけましてね、「ショッカー、かかってこい。」と言 いますと、次の場面で、私の顔がぁ、まあ、覆面被ってますけれども、こうテレビへアッ プになりまして、ここで、唯一、私の与えられたせりふがある訳です、こう仮面ライダー が、格好をつけまして、「ショッカー、かかってこい。」と言いますと、次の場面で、私 の顔が、アップになりまして、ここで、唯一、私の与えられたせりふ、「イーッ!」、こ れだけでございまして、情けない思いをいたしました。


バッタの耳

私が、まだ、大学生の頃の事でございまして、大学の授業で、生物学と言うのがござい まして、この先生は、出席は取らないから、授業に出たくない人は出なくていい、それに、 試験もやらない、じゃ、どうして単位を付けるのかってぇと、一年間かけて、何か生物を 使った実験をして、それをレポートにして出しなさい、それで単位を付けるからってんで、 非常に良い先生だと思いまして、ぜひとも、Aを取りたいと思いまして、私が実験材料に 選びましたのが、あの、バッタでございまして、こう、バッタを何匹も飼育いたしまして、 で、しばらくバッタに餌を与えないんですね、そうして、バッタの方で、『おなかが空い たなぁ』、なんて頃に、バッタのはるか上の方に、バッタの餌を出しまして、バッタに向 かってね『跳べ。』っとこう言うんですね、するとバッタの方は、餌を食べたい一心で、 こう、ぴょんと、跳ぶ訳です、これを何回も何回も繰り返しておりますと、みなさまもご 存じの、パブロフの条件反射、と言うやつで、餌をやらなくても、『跳べ。』ってぇと、 ぴょんと飛ぶ、バッタが出来上がる訳です、で、バッタの方が、すっかり慣れました頃に、 バッタの両方の後ろ足を、こう、ちょんちょんっと、切るんです、で、後ろ足の無くなっ たバッタに向かって、こう『跳べ。』、っと言っても、バッタは跳ばなかったんです、こ れで、結論が出た訳ですね、『バッタは後ろ足に耳がある』、なぜか、頂いた単位は、C でございましたけれども。

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