江戸小噺集



おすわ
あるお代官の屋敷で、粗相をした女中のおすわ、代官に切り捨てられまして、井戸へ
投げ込まれてしまいまして、ところが、その次の日から、井戸のある庭の先で、夜中にな
ると、ばたばたばたっと言う音、そして、火の玉がぼーっと障子に写りますと、すすり泣
くような声で、おすわどーん、おすわどーん、と言う声がする、さあ、代官はおびえてし
まいまして、屈強な浪人者を雇いますと、この幽霊退治を命じました、浪人者が庭に面す
る部屋の中で、こう待っておりますと、夜中、ばたばたばたっと言う音がしたかと思うと、
障子に火の明かりがぼーっと写りまして、おすわどーん、おすわどーん、浪人が「おのれ、
おすわ、迷ったか。」と障子を開けてみますと、夜泣き蕎麦屋が、渋うちわで、ばたばた
火を起こしながら、「おそばうどーん、おそばうどーん。」


お花見

春は花見の季節でございまして。
男壱「お前、なんだってね、花見に行ったって、どうだったい。」
男弐「いゃあ、そりゃあすごい人手だよ、芋を洗う様だ、酔っ払いは出るしねぇ、喧嘩は
  あるし、俺はもう懲りちゃったね。」
男壱「そうかい、で、花はどうだったい。」
男弐「花、はな、はなぁ、あったかな。」


お歴々

夏、博打ですっかり巻き上げられて、ふんどしひとつになっちまった男が、たんぼの中
をあるいておりますと、カエルが出て参りまして、
カエル「ハダカダハダカダ、ハダカダハダカダ。」
男壱「何言いやがんでぇ、裸とはなんだい、こちとら好きで裸になったんじゃねぇやい、
  生意気な事言うと踏みつぶしちまうぞ。」
男弐「おい、お待ちお待ち、カエルに当たったってしょうがないだろう、ね、あたしが、
  お前さんから、そのカエルを買おう。」
男壱「へえ、カエルを買う、断っとくが、このカエルは竜宮城へは連れて行かねぇ。」
男弐「分かってるよ、さ、これで。」
 なんてんで。
男弐「さ、いいかい、お前、人間の多い場所へ来ると、今みたいな災難に会うから、もっ
  と人間の来ないところでお暮らし。」
 なんてんで、男がカエルを放してやりますと、カエルは、二、三歩歩いたかと思うと振
り返って、助けてくれた男の顔を見て。
カエル「あなた方、お歴々、あなた方、お歴々。」


かなづち

旦那「おおい、定、定吉、いますか、あ、ここの廊下に釘が出ていますよ、着物でも引っ
  掛けて、かぎざきでもすると、えらい損をしちまうから、あの、お隣りへ行って、か
  なづちを借りて来なさい。」
定吉「へーい、いってきました。」
旦那「どうした。」
定吉「貸さないんです。」
旦那「どうして。」
定吉「お隣りへまいりますと、鉄の釘打つのか、竹の釘打つのかってぇますから、鉄の釘
  打ちますってぇと、鉄と鉄とかぶつかると、かなづちが減るから、もったいなくて、
  貸せないってんです。」
旦那「なんてぇしみったれな事を言うんだ、釘一本打ったからって、かなづちがどれくら
い減るんだよ、しみったれだな、じゃしょうがない、うちのを出して使え。」


けちの親子

 けちの親子が歩いておりまして、親父の方が足を滑らせまして、川へ落ちてしまいまし
た、泳げませんので、溺れております、倅の方は助けたいんですが、これも泳ぎを知りま
せん、とおりすがりの人に。
倅「すいません、親父があすこで溺れているんですけど、助けてくれませんか。」
男「はあ、助けない事はありませんけど、助けたらいくらくれます。」
倅「ええ、お金取るんですか、じゃ二百文だしますよ。」
男「たった二百文ですか、三百文だしなさいよ。」
倅「いや、いま親父の相場は安いんだ、二百文でお願いしますよ。」
男「親父の相場なんてのがある訳ない、三百文だしなさいよ。」
ってぇと、親父が川の中から。
親父「倅、二百文で頑張れ、三百出すなら、もぐっちまう。」


けちの秘訣

男「ええ、あなたはたいへんにけちで、お金を残していると言う事を伺いました、私も、
お金を残したいと思いまして、ぜひ、けちの秘訣を教えていただきたいのですが。」
けち兵衛「けつの秘訣ですか、わかりました、では、庭へ出てください、庭にね、松の木
がありますから、そこへはしごをかけて、登りなさい。」
男「松の木にですか、はしごをかけて、登りました。」
けち兵衛「そうしたら、てきとうな枝に、ぶら下がってください。」
男「枝にですか、はい、ぶら下がりました。」
けち兵衛「では、はしごをかたします。」
男「ああ、あぶない。」
けち兵衛「だいじょうぶ、そうしたらね、ぶらさがったら、左手を離しなさい。」
男「左手をですか、はい、離しました。」
けち兵衛「そうしたら、右手の小指を離しなさい。」
男「小指ですか、はい、離しました。」
けち兵衛「そうしたら、薬指も離しなさい。」
男「ええ、薬指もですか、はい、離しました。」
けち兵衛「中指も離しなさい。」
男「ええ、中指も、はい、離しました。」
けち兵衛「そうしたら、人差し指も離しなさい。」
男「ええ、冗談じゃあありませんよ、おっこっちゃいますよ、人差し指だけは、離せませ
んよ。」
けち兵衛「そうだろう、これだけは(人差し指と親指で輪を作って)、離すんじゃあない
よ。」


しわい屋

 しわい屋は、七十五日、早く死ぬ、なんてぇ川柳がございますが、ある、大変にけちな
方が、往来で薪を一本見つけまして、拾って帰れば、燃料の足しになるんですが、近所な
ので手を出して拾うのがみっともない、ってんで、この薪をけっとばしまして、ポンスコ
ポンスコ、ポンスコポンスコ、自分のうちの前までまいりましたので、あとひとけり、な
んてんで、ポーンとけとばしましたが、なにしろ、蹴る事ですから、見当が外れまして、
自分のうちのガラス戸にぶつかりますと、ガラスが二枚程、割れまして、これを見て驚い
た。
しわい屋「あれ、あの薪一本のために、ガラスを二枚。」
ってぇと、あんまり刺激が強いんで、そのまま、「うーん。」なんてんで目を回してし
まいまして、近所の方が驚いて、水飲ませたり、薬を飲ませたりしましたが、なかなか息
を吹き返しません、するとそこへ、その方の倅さんが帰ってまいりまして。
近所の方「ああ、息子さん、いいところへ帰ってきました、あなたのおとっつぁんが気絶
をしましたよ、気絶を、水飲ませても、薬飲ませてもだめ、早く介抱して、介抱して。」
ってぇと、息子さん。
息子「はは、父がまた気絶をしましたか、いや、ちょいちょいやるんですよ、どうも留守
の間に、御無理を願いました。」
ってんで、息子さんの方は、わりかしと落ち着いているんですな、どうするのかと思い
ますと、台所へまいりまして、柄杓に水を汲みまして、それを自分の口に含みますと、お
とっつぁんの顔、めがけて、ぷっぷっーっと、水をかけまして。
息子「おとっつぁん、しっかりおし、今の薬は、ただだよ。」
ったら、「うーん。」と目をさました。


じゃぶじゃぶ

近ごろは生意気な子供が増えておりまして、うかうかしてると、大人でもやり込められ
てしまいまして。
子供「おじさん、落語やってるんだって。」
落語家「へぇ、さようでございますが。」
子供「じゃ、小噺、知ってるかい。」
落語家「そりゃ、小噺のひとつやふたつ、知ってますけど。」
子供「じゃ、こんなの知ってるかい。」
落語家「へぇ、どんなのですか。」
子供「昔々、々、ところにおじいさんとおばあさんがあったんだ。」
落語家「あのね、坊っちゃん、それは小噺じゃなくて、昔話、おとぎ話ってんじゃありま
せんか。」
子供「いいからだまって聞いてなよ、それで、おじいさんは川へ洗濯に行ったんだ。」
落語家「へえ、じゃ昔のおとぎ話と逆ですな、おじいさんは川へ洗濯なら、おばあさんは
山へ芝刈りですか。」
子供「そうじゃないんだよ、おばあさんもは川へ洗濯に行って、二人でじゃぶじゃぶ、じ
ゃぶじゃぶ洗ってたんだ。」
落語家「へえへえ、それから。」
子供「これでお終い。」
落語家「お終いってね、坊っちゃん、小噺ってのは、落ちが肝心なんですよ、その噺じゃ、
落ちが無いじゃあありませんか。」
子供「落ちないから、洗ってたんだい。」

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