江戸小噺集



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せんす

男壱「あなたぁ、なんだね、せんす一本あったら、何年使う。」
男弐「自慢じゃありませんが、あたしは、せんす一本あったら、十年は使いますよ。」
男壱「自慢しちゃあいけない、一本のせんすを十年なんて、そりゃ使い方が荒い、乱暴だよ。」
男弐「乱暴だって、一本のせんすを十年使えば、こりゃ十分だと思うけれども、じゃあ、あなた何年使うね。」
男壱「あたしは、自分の代では使いきれません、あたしと同じようにやらせれば、孫の代までもたせますよ、あなた、十年って、どうやって使うの。」
男弐「ま、いろいろ考えたんだけどもね、これ、いっぺんに広げれば、いっぺんに痛んじゃうから、まずこっちはんぶん広げて、これで五年もたせるんだね、で、こっちが痛んできたら、もう半分の方を広げて、これで五年もたせて、しめて十年もたせるつもりではいるんですけど、貴方、孫の代まで使わせるって、どうやるんですか。」
男壱「あたしは、君みたいに、半分広げるなんて、しみったれた事はしませんよ、あたしは、こうせんすをいっぱいに広げてね、顎の下へ持ってくる、で、よく考えてみれば、これせんすを動かすから、痛むんだから、顔の方を動かす。」
これじゃ、風もなにもきやあしません。


その手は食わない

 ある日、海岸線で、一匹のたこが昼寝をしておりました、するとそこへ一匹の猿がやっ てきまして、寝ているタコの手を一本、ぶちっとちぎると、むしゃむしゃむしゃっと、食 べてしまいまして、これにはタコも怒りまして。
タコ「とんでもねぇ野郎だ、ひとつこらしめてやろう、だが、陸の上じゃあ勝ち目はない から、あいつをだまして、海の中に引きづりこんで、おぼれさせてやろう。」
なんてんで、じゃぶじゃぶじゃぶっと、腰の中程まで海に入りますと、猿に向かって、 にっこり笑って、手を振って。
タコ「猿さん、こっちへいらっしゃい。」
ってぇと、猿が。
猿「ふふふふふっ、その手は食わねぇ。」


ただの風

 あるところに、大変けちな男がおりまして、くれるものなら、なんでももらうと言う。
男壱「おおう、おめぇかい、くれるものならなんでももらうってぇやつは。」
男弐「へえ、左様でございます。」
男壱「じゃ、俺はお前にやりたいものがあるんだが、もらうかい。」
男弐「ええ、いただけるものなら、なんでも。」
男壱「そうかい、実はな、俺ぁさっきっから、腹が張ってしょうがねぇんだ、屁をお前にやるから、後ろへ回んな、いいか。」
なんてんで、男が後ろへ回りますと、大きなのを一発、ぶー、と男はそのおならを、両手でぱっとつかみまして、ばーっと駆け出しまして、どうするのかと思うと、自分の畑へ参りますと、この手をぱーっと広げまして。
男弐「ただの風よりましだろう。」


つんぼの親子

 ある所に、耳の遠い親子がありまして。
親父「おい、倅や、今そこを通ったのは、横町の中村さんじゃないかい。」
倅「なんを言ってるんだよ、おとっつぁん、今そこを通ったのは、横町の中村さんじゃないか。」
親父「ああ、そうかい、俺は又、横町の中村さんかと思った。」


ねずみがちゅう

男壱「おおい、ねずみ取りにねずみがかかったよ、ええ、大きなねずみだ。」
男弐「へぇ、そうかい、どーれ、なんでぇ、ちっとも大きくねぇじゃあねぇか、こんなの、小せぇよ。」
男壱「いいや、大きい。」
男弐「小さい。」
男壱「大きい。」
男弐「小さい。」
男壱「大きい。」
男弐「小さい。」
なんてぇますと、中でねずみが、ちゅう(中)。


ねずみの嫁

 ねずみのお嫁さんが、嫁ぎ先から、実家の方へ戻ってきてしまいましたので、お母さんが大変心配しまして。
お母さん「どうしたんだい、どうして、帰ってきちゃったんだい。」
お嫁さん「向こうのお舅さんがねぇ。」
お母さん「やかましいのかい。」
お嫁さん「やさしすぎるのよ。」
お母さん「やさしいなんて、そりゃいいことじゃないかい。」
お嫁さん「だってぇ、猫撫で声。」


みそ豆

旦那「おおい、定吉、あの台所へ行ってな、みそ豆が煮えてるかどうか見てきておくれ。」
定吉「へえい、台所のみそ豆、みそ豆と、あ、これかな、蓋を、わ、すごい湯気だな、あああ、いい匂いだ、どれ、少し食べてみようかな、このお皿に、ふっ、うん、旨い、ふっ、旨い、旨い。」
旦那「おおい、定吉、みそ豆は煮えているのかい。」
定吉「へぇ、おいしく煮えてます。」
旦那「食べてやがる、ええ、誰が食べろと言った、意地の汚いやつだ、あのな、お向こうの佐藤さんのうちへ行ってな、みそ豆が煮えておりますからと、遊びに来るように言ってきなさい、本当に意地の汚いやつだ、とは言うものの、本当にうまく煮えてるかどうか見てみたいもんだな、どおれ、ほほう、どれ、このお皿に、ふっ、うん、旨い、ふっ、旨い、旨い、もう少しお替わりっと、まてよ、こんな事をしているところへなぁ、定吉が帰ってきて、なんだ、旦那だって食べてるじゃありませんかぁ、なんてぇとなぁ、奉公人のしめしがつかないからなぁ、どこか一人で食べられる所っと、二階はなぁ、いつ定吉が上がってこないとも限らないし、どっか、ふふふ、あったあった、お便所お便所、あすこなら一人で満員だからな、そうと決まったら、もう少し盛って、ふふふ、ここなら大丈夫、旨い、旨いけど臭いな、旨臭いってぇやつだ、ふふふ。」
定吉「旦那、行ってきました、あのお向かいの佐藤さん、すぐ来るそうです、あれ、旦那、旦那、もう人に用事を言いつけて、自分はいなくなっちゃうんだから、とは言うものの、さっきのみそ豆、美味しかったな、鬼のいぬ間に、ふふふ、うん、旨い、旨い、待てよ、こんな事をしているところをなぁ、旦那にみつかったら、また、つまみ食いをしている、なんてんでなぁ、怒られちゃうから、どっか一人で食べられる所っと、二階はなぁ、いつ旦那が上がってこないとも限らないし、どっか、ふふふ、あった、あった、お便所お便所、あすこなら一人で満員だからな、そうと決まったら、もう少し盛って、ふふふ、ああ、旦那。」
旦那「あ、定吉、何しに来た。」
定吉「あの、えっと、お替わりを持ってきました。」


かえるの冷やかし

 人間が吉原たんぼを通りまして、吉原へ冷やかしに行く、これを毎日見ておりましたんで、たんぼのカエルがすっかりおぼえてしまいまして。
カエル壱「なんだなぁ、人間てのは、よく冷やかしに行くなぁ、たまには、カエルだって行こうじゃあねぇか、なあ、殿様、お前なんか背中に筋が入って様子がいいよ、なあ、赤も青も行こうじゃないか、え、いぼ、きたねぇなあいつは、ま、なんでもいいんだ、みんなで行こうじゃないか、ええ、踏みつぶされるといけないから、みんな人間みたいに立っていくんだよ、へぇ、ここが吉原か、きれいだな、俺はね、ここの店の右から四人目の花魁が気にいっちゃった、お前は。」
カエル弐「俺は違うな、左から四人目だ。」
カエル壱「何人いるんだい、この店は、七人だ、じゃ右から四人目も左から四人目も同じだよ、どうしてあの女がいいんだい。」
カエル弐「俺は、人間の女は分からないけど、あの花魁が八橋の仕掛けを着ているのが気にいっちゃった、俺たちカエルは、八橋は恋しいからなぁ、なんて花魁だか、聞<いてごらん。」
カエル壱「もしもし、若い衆さん。」
若い衆「へぇ。」
カエル壱「あの八橋の仕掛けを来ている花魁は、なんてんだい。」
若い衆「いいえ、うちにはおりませんよ。」
カエル壱「いや、そこにいるじゃないか。」
若い衆「いいえ、うちにはおりません、八橋の仕掛けを来ているのは、お向こうですよ。」
って、カエルが立って歩いたもんだから、目が後ろの方にありました。

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