江戸小噺集




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一分線香

落語の方には、大変短い噺がございまして、一分線香即席噺、右を向いて、左を向くと それで終わってしまうと言う、有名なのがございますな。
「隣の空き地に囲いが出来たよ。」
「へぇー。」
なんてんで、この噺も有名になりましたので、これに改良を加えまして。
「隣の空き地に塀が出来たよ。」
「かっこいー。」
なんてんで、後は国際的な小噺で。
「この帽子はドイツんだ。」
「オランダ。」
なんてんで、国の名前が二つも出てまいります、この噺も有名になりましたんで。
「この帽子はドイツんだ。」
「オランダ。」
「でもイラン。」
なんてんで、国の名前が三つになったりします、また、似たような噺もございまして。
「この暦は誰んだ。」
「カレンダー。」
なんてんで、
「雨が漏るよ。」
「ヤーネー。」
「九州の山へ行ったよ。」
「あーそー。」
「おい、あそこへ坊さんが通るよ。」
「そうかい。」
「鳩がお前の頭に、なんかおっことしたよ。」
「ふーん。」
「鳩がお前の頭に、なんかおっことしたよ。」
「くそー。」
「灰皿がこぼれたよ。」
「はい、ふきましょう。」
「土瓶が漏るよ。」
「そこまで気がつきません。」
「ここを台所にしようと思うんだけど。」
「勝手にしろ。」
「雷様ってのは怖いねぇ。」
「なるほど。」
「誰だ誰だ、もくぎょ屋の娘、はらませたのは。」
「ぼくぼく。」
「芋屋のかみさん、年取ったねぇ。」
「いやぁ、ふけたよ。」
「お岩さん、年は幾つや。」
「四つや(四ッ谷)。」
「これは、タコですか。」
「イカにも。」
「美味いねぇ、この肉は、鴨かい。」
「かもね。」


鰻の匂い

 あるけちな男、鰻屋のそばへ引っ越してまいりますと、毎日毎日、鰻を焼く匂いを嗅ぎ
まして、『クンクン、ああ、いい匂いだ。』、なんてんで、この匂いをおかずに、ごはん
を食べておりますと、月末になりまして、鰻屋から勘定を取りにきまして。
男「ええ、勘定を取りにきたって、あたしは匂いを嗅いでいるだけだよ、なんだいこの勘
定書は。」
なんてんで、勘定書を見てみますと、『ひとつ、鰻の匂い嗅ぎ代、六百文』、とありま
す。
男「ええ、鰻の匂い嗅ぐだけで、金取るのかい、わかったわかった。」
ってぇと、この男、財布から金を出しますと、手の中で、ジャラジャラ音を立てまして。
男「さあ、この音を受け取ってくだされ。」


煙草のヤニ

 昔、あるところに、吸った煙草の煙を、目からでも、耳の穴からでも出せる男がおりま
して、お城の殿様が、それは面白いってんで、その男を城に呼びまして。
殿様「これ、吸った煙草の煙を、目からでも、耳の穴からでも出せると言うのは、その方
か。」
男「御意にございます。」
殿様「ほほぅ、面白い、されば、吸った煙草の煙を、目から出してみせぃ。」
男「かしこまりました。」
ってんで、男をキセルをぱくりっとくわえまして、ん、と、すると目から煙がもわーっ
と。
殿様「ほほぅ、面白いやつ、されば、吸った煙草の煙を、耳の穴から出してみせぃ。」
男「かしこまりました。」
ってんで、男をキセルをぱくりっとくわえまして、ん、と、すると耳の穴から煙がもわ
ーっと。
殿様「ほほぅ、面白いやつ、されば、吸った煙草の煙を、尻の穴から出してみせぃ。」
男「え、あ、は、ああ、かしこまりました。」
ってんで、男をキセルをぱくりっとくわえまして、ん、ん、うーん、んーん、ブチュブ
チュブチュブチュ、ウニュ、ポッチョン。
殿様「これ、その方、なんであるか、それは。」
男「へえ、煙草のヤニがつまっておりました。」


下金屋

 昔は、いろいろなものを売ります時に、売り声、なんてぇのを使って売りましたもので。
いわし屋「おお、いわしこぉ、おお、いわしこぉ。」
ふるい屋「ふるーい、ふるいふるい。」
いわし屋「何言いやがんでぇ、今朝河岸から買ってきたばかりだ、ぴんぴんしてんだぞ、
古いとはなにごとだ。」
ふるい屋「いや、あたしはあなたの品物が古いって言ってるんじゃない、あたしは、この
ふるいを売っている、生粋のふるい屋だ。」
いわし屋「ふるい屋だぁ、妙な商売がきやがったなぁ、俺は生物扱ってるんじゃねぇか、
その後から、ふるいふるいっていやぁ、俺の品物が古いように聞こえるじゃねぇ
か、先やれ。」
ふるい屋「先でも後でも、あたしはこれさえ売ればいいんだから。」
いわし屋「先やれよ。」
ふるい屋「へい、ふるーい、ふるいふるい。」
いわし屋「いわーし、駄目だよ、古いいわしになっちゃうよ、他回らねぇと、はったおす
ぞ。」
下金屋「おいおい、お待ちお待ち、手商人が往来で喧嘩しちゃあいれない、お互いのお得
意様しくじっちゃうじゃあないか、どうして、喧嘩するんだい。」
いわし屋「喧嘩したくないけども、喧嘩になっちゃうんだ。」
下金屋「なっちゃうって事はないだろう、どうしてだい。」
いわし屋「俺が、こわしこぉ、ってぇと、こいつが後から追っかけてきやがって、ふるい
ふるいってやがる。」
下金屋「お前さんは、何を売ってるの。」
ふるい屋「あたしは、この、ふるいを売って歩いてる、ふるい屋。」
下金屋「これは、面白い商売が落ち合ったな、生物の後からふるいふるいは、気に触るだ
   ろ、どうだい、仲裁人は時の氏神ってぇ事を言う、あたしにお前さんたちの仲、保
たせないか。」
いわし屋「お前さん、商売はなんだい。」
下金屋「下金屋だ。」
いわし屋「下金屋。」
下金屋「うん、売るんじゃあない、方々様から、いらなくなった金物類を、買って集める
商売だ。」
いわし屋「なんだか知らないけど、お前さんの売り声で、上手くいくの。」
下金屋「あたしの売り声を聞いてごらん、まるぅく収まる。」
いわし屋「なんだか知らないけど、頼むよ、おー、いわしこぉ、おー、いわしこぉ。」
ふるい屋「ふるーい、ふるいふるい。」
ってぇと、後から下金屋さんが。
下金屋「ええ、ふるかねぇ。」
取り消して歩いたそうで。


化け物

 ある女の亡者が、地獄のえん魔大王の前へ進みでまして。
亡者「えん魔大王様、私の亭主は、他の女と一緒になりたいばかりに、わたしを殺しまし
  た、恨んでも恨みきれません、どうか幽霊になって亭主を懲らしめてやりたいと思い
ますので、どうか、私を幽霊にしてくださいませ。」
えん魔大王「なに、幽霊とな、ううん、いかん、その方の顔を水鏡で見てみよ、幽霊にも
いちおう、品位と言うものがある、その方を幽霊にする訳にはいかん。」
女の亡者が、そこで泣き崩れますと、そばにいた鬼が、哀れと思いましたか。
鬼「これ、その方が、幽霊と申すからいけないのだ、化け物と言って願え、化け物と。」

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