江戸小噺集




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火事の息子

昔は、火事がたいへん多ございまして、江戸残らず焼いたなんてぇ事もあったんだそう でございますが、ただ今は、消防が行き届いておりまして、そう大火はございません、火 事の夫婦が相談をしまして。
火事の夫「このごろは、消防が行き届いて、いまいましいったらありゃあしねぇ、俺たち 商売上がったりじゃねぇか、燃え上がる事が出来やしねぇ、俺はな、明日あたり 田舎の方へ行って、燃え上がってやろうと思うんだよ。」
火事の女房「ああ、お前さん、それがいいよ、田舎の方へ行って燃え上がれば。」
なんてんで、火事の夫婦が相談をしてますと、そばから、子供が。
火事の子供「坊や(小火)もいっしょに行くよ。」
なんてんで、小火までなくなってしまったそうです。


海老床

 昔は、床屋さんの事を、髪結床、床、なんて言ったんですが、入り口の障子のところに、 達磨の絵が書いてあって、達磨床、海老の絵が書いてあって、海老床なんてんで、また、 この海老の絵が上手く書いてあったんだそうですね、だから通りすがりのやつが。 町人壱「おおい、源ちゃん源ちゃん、ええこの海老床の海老、上手く書いてあるなぁ。」
町人弐「本当だ、上手く書いてあるなぁ。」
町人壱「まるで生きてる様だな。」
町人弐「死んでるな。」
町人壱「お、この野郎、まともに逆らうなよ、俺が生きてるって言ったら、おめぇも生き
てるって言え。」
町人弐「お前はねそれがいけない、これは絵なんだから、生きてる訳ない、死んでるよ。」
町人壱「生きてる。」
町人弐「死んでる。」
町人壱「生きてる。」
町人弐「死んでる。」
町人壱「生きてる、しょうがねぇな、あ、隠居さんが来た、隠居さんに聞いてみよう、ね
ぇ隠居さん。」
隠居「なんだい。」
町人壱「この海老床の海老、上手く書いてありますねぇ。」
隠居「おお、本当だ、上手く書いてあるなぁ。」
町人壱「生きてる様ですよね。」
隠居「いや、生きちゃいないな。」
町人弐「やっぱり死んでますよね。」
隠居「いや、死んでもいないな。」
町人壱「じゃ、この海老、どうなってます。」
隠居「患ってるよ。」
町人弐「患ってる。」
隠居「よーく見てご覧、ちゃんと、床についてる。」




 なんだよ、カニってぇやつは、ふつう横に這うんだよ、このカニ、縦に這ってんじゃな いかったら、カニが。
カニ「少ーし、酔ってますから。」


亀は万年

八五郎「ねぇ、隠居さん、昔から鶴は千年亀は万年なんて事を言いますね。」
隠居「ああ、そんな事を言うな。」
八五郎「鶴は千年生きますか。」
隠居「生きるそうだな。」
八五郎「亀は万年も生きますか。」
隠居「生きるそうだ。」
八五郎「亀が千年生きたのを見た事ありますか。」
隠居「見た事はないが、生きるそうだな。」
八五郎「この間、隣の子供が縁日で亀を買って来まして、その晩に死んじゃいましたよ。」
隠居「じゃあ、それが万年目だったんだ。」


牛太郎

 夜の吉原たんぼを、夜鷹と牛太郎が歩いておりますと、カエルがやってまいりまして、 夜鷹の顔を見上げると。
カエル「ヨタカダヨタカダ、ヨタカダヨタカダ。」
夜鷹「ねぇ、牛さん、このカエル、あたしの事を夜鷹だ夜鷹だって。」
牛太郎「何を言いやがんでぇ、夜鷹とはなんだい、俺に取っては大事な花魁だい、生意気
な事言うと踏みつぶしちまうぞ、この野郎。」
なんてんで、カエルを踏みつぶすと。
カエル「ギュウ。」
牛太郎「あれ、俺の名まで知ってら。」


鏡の無い国

 昔、四国の松山在松山村、ここ一ケ村には、鏡と言うものがございませんで、この鏡の 無い国の連中が団体を組みまして、江戸見物、観音様をお参りいたしまして、仲見世へ、 するとここに一軒の鏡屋さんがございまして、連中、鏡と言うものを見た事ございません から。 田吾作「権佐衛門さーん、われ、そこへ立ってみろ、あっれぇ、われが姿、ここへ写って
   るだよ、不思議なこつ、あるもんだ、こりゃきっと観音様の御利益に違いない。」
なんてんで、鏡を拝んだってぇます。
そのまま、国へ帰りまして、また翌年団体を組んで江戸見物、ところが、その一年の間 に、あいにく鏡屋さんが引っ越しをいたまして、その後へ、琴ですとか、三味線を教える 「琴・三味線の指南所」と変わっておりました、連中はそんな事知りませんから。
権平「権佐衛門さーん、どこだね、その姿ぁ見せるっちゅのは。」
権佐衛門「なんでもはぁ、おら、この辺だと思ったが、あ、こりゃいかねぇ、来年まで待
たねばだめだ。」
権平「どうして来年まで待たねばだめだ。」
権佐衛門「どうしてって、ここに書いてあるから、しょうがあんめぇに、琴三味線(今年 ゃ見せん)としてある。」
権平「あれ、それ、弱ったでねぇかい、おらがかか様、あんべぇ悪いっちゅだで、かか様 おっ死ぬ前に、もう一度あれ見て、観音様の御利益、仰ぐべぇと思っただが、かか様来年まで、おっ死なねぇだろうか。」
権佐衛門「あーあ、心配ぶつもんでねぇ、そばに指南所(死なんじょ)としてある。」


熊の胆

 世の中には、よくそそっかしい、なんてぇ連中がおりまして、このそそっかしいやつが、 並んで住んでいるってぇと、もう大騒ぎでありまして。
八五郎「おおう、よしねぇな。」
熊五郎「よしねぇって、何を。」
八五郎「何をって、俺がここんとこを、裸足でばーっとかけて止めにへぇるような、あ、
そうだ、お前、夫婦げんかおよしよ、みっともない。」
熊五郎「夫婦げんか、やらないよ。」
八五郎「やった。」
熊五郎「やらない。」
八五郎「やった。」
熊五郎「できない、俺一人もんだから。」
八五郎「あ、そうか、お前一人もんだったな、でも、ちょっとだけやったろ。」
熊五郎「ちょっとだけもなにも、一人なんだからできないよ。」
八五郎「でもなんだぜ、俺が今うちにいると、おめぇんとこで、なんじゃあねぇか、このかかぁ、出てけ、なんてったぜ。」
熊五郎「ああ、あれか、あれはそうじゃあねぇんだよ、今な、俺がここの玄関とこ、きれいに掃除すると、そこへあいつがへえってきやがったんだ。」
八五郎「誰。」
熊五郎「いや、誰ってぇほどまとまっちゃいねぇんだよ、このだぁ、みてぇのがな、挨拶もなんにもなしによ、ぬーっとへえってきやがってな。」
八五郎「うん、どんなやつ。」
熊五郎「どんなやつって、この町内によくいるよ、四つ脚で、このひげがあって、しっぽがあって。」
八五郎「ああ、ねずみか。」
熊五郎「ねずみよりもっと大きいよ。」
八五郎「じゃあ象か。」
熊五郎「この野郎、いっぺんに大きくするなよ、象がこんなとこへえってくる訳ねぇじゃあねぇか、象よりもっと小さいよ。」
八五郎「ああ、猫か。」
熊五郎「ねこー、っと、この野郎そばまでいってて言わねぇな、猫にもよく似てらぁ。」
八五郎「じゃあ、もぐら。」
熊五郎「もぐらじゃねぇ、あの、犬。」
八五郎「なんだ犬か。」
熊五郎「うん、大きな赤い犬が、ぬーっとへえって来るてぇとな、俺がせっかく玄関きれいにしたとこへ、馬糞してきやがった。」
八五郎「犬のくせに、馬糞したかなぁ。」
熊五郎「うん、あんまりきたねぇ畜生だから、俺、この赤でてけ、ってったんだ。」
八五郎「ああ、赤出てけったのか、俺ぁかかぁ出てけと間違えた。」
熊五郎「そうだよ。」
八五郎「いねぇな。」
熊五郎「犬か、もうそんなのとっくにどっか行っちゃったよ。」
八五郎「そうか、そりゃ残念な事したなぁ、俺がいりゃ、そんな犬の野郎とっつかめぇてな、たたき殺して、その犬から、熊の胆取ってやんだけど。」
熊五郎「おめぇもそそっかしいな、犬から熊の胆が取れるか、鹿とまちげぇんな。」


月日のたつのは

 昔々、お月様とお日様と雷様が、三人連れ立って旅をいたしまして、ある宿へ泊まりま して、翌朝、雷様が目をさましますと、お月様とお日様の姿が見えません。
雷様「おいおい、お女中や、わしの連れのお月様とお日様の姿が見えないんだが、どうかしたのか。」
女中「はい、お二人は、まだ朝暗いうちに、おたちになりました。」
雷様「ええ、まだ朝暗いうちにたった、ふーん、月日がたつのは早いなぁ。」
女中「で、雷様はいつ頃おたちになりますか。」
雷様「うーん、わしは夕だちにしよう。」

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