江戸小噺集



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五日六日

男「あのすいません、少々ものを伺いたいんですが、この先の神社のご祭礼は、いつでございましょうか。」
小僧「あ、この先の神社のご祭礼ですか、ご祭礼は五日六日です。」
男「ああ、さようでございますか、ありがとうございます。」
旦那「おおい、定吉、どなたかお客様か。」
小僧「いいえ、この先の神社のご祭礼はいつかって、聞きにこられただけです。」
旦那「ああ、そうかい、で、ちゃんと教えてさしあげたか。」
小僧「ええ、ご祭礼は五日六日ですって、教えました。」
旦那「おい、お前、何を言ってるんだよ、この先の神社のご祭礼は、九日十日だ、そんなでたらめを教えて、うちの暖簾にもかかわります、すぐに追いかけて、神社のご祭礼は、五日六日じゃなて九日十日だと、教えてきなさい。」
小僧「へーい、あの、えっと、呼ぼうにも名前が分からないなぁ、あの、さっき、神社のご祭礼は五日六日ですって教えた人、神社のご祭礼は五日六日ですって教えた人、五日六日ですって教えた人、五日六日、五日六日、五日六日。」
男「なにかようか(七日八日)。」
小僧「九日十日。」


御印文

 昔は、この御印文(ごいんもん)なんてのを、お寺でいただかせた事がありまして、これを額のところへ押してもらうと、七罪消滅をして、極楽往生ができると言う。
八五郎「吉っつぁーん、いるかい。」
吉平衛「なんでぇ、大勢そろって、どっかへ行くのか。」
八五郎「うん、これからね、みんなで御印文をいただきに行くんだ。」
吉平衛「御印文って、ああ、あの極楽往生ができるってぇ、ああ、いやだ、俺は極楽往生なんかしたくねぇと思っているんだ、いやだよ。」
八五郎「そんな意固地な事を言わないでさ、みんなこうして集まっているんだから、後でいっぱい飲むから、付き合いなよ。」
吉平衛「いっぱい飲むてぇのなら、付き合うけど、言っとくけど、俺は御印文なんてもらわないよ、ああ、ここだ、じゃ、早く行ってきねぇな、ああ、いいよいいよ、俺ぁここで待ってるから、みんなで早く行ってもらってきねぇ、へへ、ああ、出てきやがった、どうしたい。」
八五郎「えへへ、今、いただいた。」
吉平衛「ぷっ、スタンプみたいなのもおでこにくっつけて、喜んでやがら、みっともないから、早くつばきを付けて、紙で取っちまいな、じゃ、いっぱい。」
八五郎「ま、いっぱいもいいけれども、ちょっとのどが乾いたぁね、ここの茶店で茶でも飲もう、ばあさん、ごめんよ。」
ばあさん「はーい、いらっしゃいまし。」
八五郎「休ませてもらうからな、それにしてもなんだね、大変な混雑だね、よっぽど御利益があるんだろうね。」
ばあさん「さようでございますなぁ。」
八五郎「ええ、なんだってね、ばあさん、この御印文をいただいたやつと、いただかないやつは、偉い坊さんが見ると分かるなんてぇ事を言うが、本当かね。」
ばあさん「さようでございます、なに、お坊さんでなくても、私でも、いただかない方は、ちゃんと分かります。」
八五郎「へぇ、おばあさんに、分かる、門前の小僧習わぬ経を読む、なんてぇ事を言うが、ばあさんに分かるかね、あ、そうだ、ばあさん、実はね、この中で一人だけ、いやだてんで、強情をはりやがって、御印文をいただかないやつがいるんだ、誰だか分かるかい。」
ばあさん「この中で、一人だけ……、あの、はじの方でしょ。」
八五郎「ああら、図星だ、だから言わないこっちゃないんだよ、神仏の事は悪く言えないんだから、お前も、これからすぐ行って、いくらか包んで、いただいた方がいいぜぇ、みねぇ、ばあさんにぴたりと当てられちまったじゃあないか、おい、ばあさん何か、こいつがいただかないってのが、分かるかね。」
ばあさん「分かります、その方が一番利口そうだから。」
あんまり、利口な方はもらわなかったようでございます。


好物

 人はみんな、顔形が違いますように、好きなものもいろいろでございまして。
男壱「これだけ、いろいろ集まったんだがなぁ、みんな好きなものがあるだろう、お前なんざ、何が好きだ。」
男弐「俺は、洋食。」
男壱「ああ、洋食はいいねぇ、あっさり食えるってぇやつだ、お次は何が好きだ。」
男参「俺は、中華。」
男壱「ああ、中華もいいねぇ、本当に食ったら、一番美味いってぇからな、お次は。」
男四「俺は、和食。」
男壱「ああ、やっぱり日本人なら和食だね、お次は。」
男五「てんぷらっ。」
男壱「つばがはねかるねぇ、もっとこう、つばの飛ばないように言えないかい。」
男五「じゃあ、てんふらぁ。」
男壱「どっか、漏れてるんじゃあないかい、お次は。」
男六「お刺身。」
男壱「ああ、刺身もいいねぇ、酒に良くって、おまんまにいいってぇやつだ、なぁ、こう、ワサビ正油きかせてなぁ。」
男六「ううん、ジャム付けて。」


四つ足

男壱「お前は、いかもの食いで、なんでも食うんだって。」
男弐「ああ、肉類は四つ足ならなんでも食べるよ、牛、豚、馬はおろか、らくだだって、羊だって、猿だって食べちゃう、そしたら、この間、この炬燵も四つ足だから、この炬燵食えってやがんのよ、だから俺言ってやったんだ、食って食えない事はないけど、こう言う当たるものは、食いたくないって。」


自分の名前

 昔は、字の読み書きできない、なんてのは、ざらでございまして、中には自分の名前すら知らないなんてぇ、愚かしいものもございましたようで。
客「あの少々ものを伺いますが、このご近所だと聞きましたが、ご商売は大工さんでごさいまして、山田喜三郎さんてぇ方をご存じございませんでしょうか。」
男「山田喜三郎?聞いたことねぇなぁ、大工はこの長屋にもいるよ、今、聞いてやるよ、おおう、キサッペ、おめぇと同じ大工だそうだ、山田喜三郎ってぇ人を知らねぇかって、この人が尋ねてんだがな、おめぇ知らねぇか。」
キサッペ「山田喜三郎?へへへ、殿様みてぇな名前じゃねぇか、山田喜三郎、って、あ、俺だ。」
男「お前、山田てってぇ顔じゃねぇよ、お前なんざ、どこへ出したってじゃまだってぇ顔だ。」
キサッペ「そうでないよ、親父が死ぬまぎわに、お前の名前は、山田喜三郎ってんだぞーってったのを、かすかに覚えていた。」
男「本当かい、ああ、この野郎だそうだ。」
なんてんで、本当にあった話だそうでございまして、これが仲間内へ広がりますと、騒ぎはもういっぱい大きくなりまして。
男壱「おおい、聞いたか。」
男弐「なにを。」
男壱「なにをって、大工のキサッペ。」
男弐「キサッペがどうかしたのか。」
男壱「あの野郎の名前知ってるかい。」
男弐「キサッペは、お前、キサッペだろ。」
男壱「それがそうでないんだよ、キサッペてぇのは、浮き世を忍ぶ仮の名、誠本名は、山田喜三郎ってんだ。」
男弐「へーっ、やつはそんなに悪党かい。」


手紙無筆

 昔は、字の読めない書けないなんてぇ連中が、ずいぶんいたんだそうでございまして。
若い衆「八あにぃ、何してるの。」
八五郎「ああ、俺、今、熊公のところへ、手紙書いてるんだ。」
若い衆「手紙書いてるって、よせよ、あにぃ、字ぃ知らねぇじゃねぇか。」
八五郎「いいんだよ、あの野郎だって、読めないんだから。」
なんてんで。
八五郎「ええ、隣のばあさん、俺の留守にだれか来たって、ええ、熊公が来たって、へぇ、あの野郎には、羽織を貸してあるんだ、羽織を返しに来たのか、ええ、手紙を置いてったって、どれどれ、かりていたはおり、しちにおくよ、おい、とんでもねぇ野郎だね、人から借りた羽織を質に入れちまうやつもねぇもんだ、あ、熊の野郎、来やがった。」
熊五郎「おおう、あにぃ、手紙見てくれた。」
八五郎「見たよ、お前、人から借りた羽織を、質に入れちまうやつもねぇもんだな、どうしてくれるんだい。」
熊五郎「ええ、手紙ちゃんと見てくれたの、羽織はここの棚においてあるじゃあないか。」
八五郎「ああ、本当だ、羽織があらぁ、でもこの手紙には、かりていたはおり、しちにおくよ、って書いてあるじゃあねぇか。」
熊五郎「いやだなぁ、あにき、ちゃんとよんでくれよ、それ、しち、じゃなくて、七夕のたな、って読むんだよ。」

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