江戸小噺集



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酒の粕

熊五郎「おい、与太郎、何赤い顔して、ふらふら歩いてやんでぇ。」
与太郎「ああ、あにぃかい、あたいね、今、大家さんとこの大掃除手伝ったら、こーんなに大きな酒の粕、二つももらって、それ、焼いて食べたら、すっかりいい心持ちになっちゃって。」
熊五郎「おい、よせやい、いい若いもんが、酒の粕食らったなんて、みっともねぇや、そう言う時はな、うそでもいいから、酒飲んだって言った方が、威勢がいいじゃあねぇか。」
与太郎「ああ、そうか、じゃ、今度からそう言うよ、あ、向こうから、八のあにぃが来たよ、八あにぃ。」
八五郎「なんでぇ。」
与太郎「あのさ、あたいの顔、おかしいでしょ。」
八五郎「うめぇ事言うなぁ、俺は前から思ってたんだ、この町内で、おめぇくらい、おかしな顔したやつはいねえってな。」
与太郎「そうじゃあないよ、あのさ、あたいの顔、赤いでしょ。」
八五郎「そう言えば赤いな、なんだ、おっこってるエビのしっぽでも食って、腹でも下したか。」
与太郎「そうじゃあないよ、あたいね、お酒飲んじゃったの。」
八五郎「なんだって、昼間っから豪勢な野郎だな、どのくらい飲んだんだ。」
与太郎「あのね、このくらいの塊、二つ。」
八五郎「この野郎、酒の粕、食らったな。」
与太郎「あれぇ、見てた。」
八五郎「見てた、じゃねぇや、どのくらい酒のんだって聞かれて、このくらいの塊二つってぇば、酒の粕食らったってのが、すぐわかっちまうじゃあねぇか、そう言う時はな、うそでもいいから、このくらいの猪口でも茶碗でもいいや、二杯きゅーっと飲んだってみろ、その方が、威勢がいいじゃあねぇか。」
与太郎「ああ、そうか、じゃ、今度からそう言うよ、じゃ今度誰のところへ行こうかな、そうだ、おばさんのところへ行ってみよう、おばさーん。」
おばさん「あら、与太さん、どうかしたのかい。」
与太郎「あたいね、お酒飲んじゃったの。」
おばさん「まぁ、ついこの間まで、子供だ子供だと思っていたら、お酒なんか飲むようになったんだねぇ、どのくらい飲んだんだい。」
与太郎「このくらいの猪口でも茶碗でもいいんだよ、二杯きゅーっと。」
おばさん「まあ、ずいぶん飲むんだねぇ、だけど与太さん、飲むなじゃないけど、冷やは毒だよ。」
与太郎「ううん、焼いて食べたよ。」


酒百態

お酒呑む人花なら蕾今日もさけさけ明日もさけ、なんてぇます、また、酒呑みはやっこ 豆腐にさも似たり初め四角であとがぐずぐず、なんてんで、お酒呑みにも、いろいろ上戸 がございますようで、怒り上戸、泣き上戸なんてんで、いちばん罪が無いのが、寝上戸な んてんで、酔っ払うとたわいなく、寝ちまうなんてんで、罪がありませんが、笑い上戸な んてのも、一座が陽気になりますようで。
酔っ払い壱「わっはっはははは、ま、ね、君ね、今日はゆっくり、ゆっくり呑もうじゃあないか、ええ、帰る、はっはっはっは、馬鹿な事言うな、ええ、うちから電話があったぁ、わっはっは、なんだって、うん、隣が火事だ、あっはっはっはっは、そりゃ面白い。」
なんてんで、面白くもなんともありませんで、ま、中には、泣き上戸なんてんで。
酔っ払い弐「まね、今日は、君とゆっくり、ゆっくり呑もうと思って差、あ、ありがと、君なら分かってくれると思うんだよ、え、何がって、部長だよぉ、何もあすこまで言う事はないと思うんだよ、僕だって怠けてる訳じゃないんだから、それをだよ、みんなの前で、あすこまで言うなんて、僕の立つ瀬が、無いじゃない かぁ。」
泣きながら、酒を呑んでおりまして、見ていて面白くないのが、薬上戸。
酔っ払い参「…………………………(呑みそうで呑まない、いやそうな顔をして、ようやくの思いで呑み込む)、っくはー、もう一杯。」
なんてんで、見ていて面白いのが、壁塗り上戸、むやみに壁を塗りたぐる人がおりまして。
酔っ払い四「ええ、もう飲めない、もう、今日はね、本当に飲めない、もう、たくさん、もう入らない、もう飲めない、いいいいい(手をさかんに壁を塗るように左右に振る)。」
なんてんで、四隅塗り固めたりいたしまして、中には、鶏上戸なんてんで、にぎやかなのがございまして。
酔っ払い五「おとととととととと、っくぴ、けっこう。」
なんてんで。


首売り

昔、えー首を売ろう、首を売ろう、なんてんで、首を売って歩いている男がございまして、これを見つけました侍が。
侍「これ、その方、首を売るのは本当か。」
首売り「へぇ、本当でございます。」
侍「して、代はいくらじゃ。」
首売り「へぇ、一両でございます。」
侍「ほほう、たかが一両で、自分の首を売るとは面白い、拙者、新しく刀を求めたが、試し切りがいたしたい、その方の首、一両で買おう。」
てんで、侍が一両渡しますと、くだんの男、懐から、張り子の首を放り投げると、さっと駆けて逃げ出しまして、これには侍も驚いて。
侍「これこれ、拙者はこのような、張り子の首を求めた覚えはない、拙者が求めたのは、その方の体に付いている首じゃ。」
ってぇと、くだんの男、自分の首根っこをおさえまして。
首売り「へぇ、これは看板でございます。」


十徳のいわれ

壱「十徳ってのは、なんで十徳てぇのかな。」
弐「あれは、立ったところは羽織のごとく、座ったところは着物のごとく、ごとくごとくで十徳だ。」
壱「へぇ、そいつはいい事を聞いた、他へ行って自慢しよう、おおい、十徳ってのは、なんで十徳ってぇか、知ってるかい。」
参「いいや、知らねぇ。」
壱「いいか、あれは、立ったところは羽織に似たり、座ったところは着物に似たり、似たり似たりで、これはしたり。」


親子三人馬鹿

落語の方には、おろかしいやつが出てまいりまして、馬鹿でございますが、馬鹿にもい ろいろ種類がありますようで、四十八馬鹿、あるいは百馬鹿、色気のがあるかと思うと、 食い気のがあったり、さまざまでございまして、中には、兄弟で馬鹿、親子でなんてんで。
弟「あんちゃん、あんちゃん、一年ってのは、十三か月だな。」
兄「馬鹿だな、そんな事を言ってるから、近所の人が、みんなお前の事を馬鹿だ馬鹿だって言うだ、一年は十三か月じゃねぇ、十四か月だ。」
弟「そんな事ないよ、あたい、今聞いてきたんだから、じゃ、数えてみようか、一月二月三月四月五月、六月七月八月九月十月、ううん、十一月十二月お正月、ほらみろ、やっぱり十三か月じゃねぇか。」
兄「馬鹿、お盆が抜けてら。」
なんてんで、てめぇの方がよっぽど抜けておりまして。
弟「あんちゃん、来年のお正月とお盆は、どっちが先に来るのかい。」
兄「そんな事は、来年にならなきゃ分からないじゃないか。」
ってぇと、それを聞いていた親父が。
親父「うん、さすがに兄貴だけあって、考えがしっかりしている。」
なんて、変な親子があったもんで、これもある愚かしい弟が、夜道端で物干し竿を振り回しておりまして。
兄「おい、お前なんやってんだい。」
弟「あ、あんちゃんかい、あのね、今お空でピカピカ光っているお星様がきれいだから、この物干し竿で、取ろうと思って。」
兄「馬鹿、こんところで、物干し竿振り回したって、星なんて取れるもんか、星はもっとうんと高いところにあるんだぞ。」
弟「そうなの。」
兄「当たり前だ、屋根へ上がれ。」
なんてんで、二人で屋根へ上がりまして、物干し竿を振り回しておりますと、それを親父が見つけまして。
親父「おおい、おまえたち、何をやっているんだ。」
兄「あ、おとっつぁんかい、いまね、おとのやつが、お空で光ってるお星様取ってくれってぇから、この物干し竿で取ろうと思って。」
親父「馬鹿、そんな所で、物干し竿振り回したって、星なんざ取れやしねぇ、降りてこい、降りてこい。」
兄「じゃ、おとっつぁん、あのお星様ってのは、いったいなんなんだい。」
親父「いいか、よーくおぼえとけ、あれは、雨の降る穴だ。」

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